コラムCOLUMN

「コミュニケーション能力」ではなく「共有しようとする意識」「聞く力」が高いか低いか【レビュー記事】

綜合キャリアトラスト 田畑です。

「求める人材は?」
「コミュニケーション能力の高い人です」

この紋切り型の質疑応答に、就活生の時から違和感を抱いてきました。

「コミュニケーション能力って何?」と考え続けても、全然分かりませんでした。
分からないまま前職へ就きました。
今も正直よく分かりませんが、こう思います。
「コミュニケーション能力の高い人」と即答できてしまうのは、
「コミュニケーション」の意味をあまり深く考えていない・考える必要がないから…と。

 

communicateはラテン語のcommunicareからきています。
comが「ともに」、municus「義務、分担」 ですので、communicareは「共有する」。

この語源から考えるのであれば、「コミュニケーション能力」は「共有の能力」であって、
「楽しい雑談ができる」「気の利いた言い回しができる」といった
一方的な話し方のスキルのことは意味しないと思います。

 

たとえ流暢な話し方でも、相手に中身が伝わらなければ意味がありません。
どんなに拙い話し方でも、言いたいことが明確に分かるほうが圧倒的に重要です。

「言いたいことができるだけ相手に伝わること」に能力は関係ありません。
伝えようとする意識が高いか低いか、その違いだと思います。

「コミュニケーション能力低いから」「話し方が下手だから」と聞く耳を持たないのは、
それこそ聞き手のcommunicareが不足しているといえるでしょう。

 

せめて、「求める通りに話してくれる能力」ではなく、
「話をちゃんと聞ける能力」が高いか低いかを評価するのが良いと思います。

そうすることを続けるうちに、相手ではなく自分こそが「聞く力」不足だと気付き、
徐々に「コミュニケーション能力」という「怪談」を語らなくなると私は考えます。

 


 

コミュニケーション能力が高いほうが、生きづらくない?|プラス・ハンディキャップ

以下記事本文より引用
*プラスハンディキャップ様より掲載のご了承をいただいております。

 

気にはなるけど、実際にはそこになくて、でも、一度気にしてしまうと気になって仕方がないものってなーんだ?

答え、コミュニケーション能力。

ぶっちゃけ、愛とか、心とか、モラルとか、リテラシーとか、該当しそうなものはいっぱいありそうだけど、コミュニケーション能力がその答え。今回は。

編集長から「コミュニケーション能力と生きづらさについて一本書いて欲しい」と頼まれて、今回書いてみているけれど、これが決して「未読さんはコミュニケーション上手だから」じゃないのが編集長の面白いところ。Plus-handicapの面白いところかもしれない。

「コミュニケーションについてめちゃめちゃ考えていそうだから」依頼される。

最初に書いてしまうけれど、コミュニケーション能力って怪談のようなものだと思っている。

それは、コミュニケーション能力の「高い」「低い」がそれぞれ曖昧だから。どういう状態だと高いのか?低いのか?その答えが明確じゃない。

例えば、人気がある人は「高い」のか。そもそも「人気がある」ってどう判断すればいいのかという話なんだけど、それこそ、SNSのアカウントのフォロワー?友だち?投稿へのいいね?その数が多ければ、人気があって、コミュニケーション能力が高いのか。

では、フォロワーは多いけど炎上を起こしやすい人は「コミュニケーション能力が高い」と言えるのか。炎上を起こさないしフォロワーも多い人、いわゆるインフルエンサーみたいな人は「高い」と言えるのか。芸能人だから、有名人だからって、そうなるとコミュニケーション能力は関係ない。

はたまた、人間関係でトラブルを起こさない人が「高い」のか。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ……的なカタチだと、言いたいことを言えずにトラブルを起こさないだけ。トラブルを避けて、だんまりを決め込むのも「高い」ではない。

それこそ、会話を盛り上げるための引き出しが多いと「高い」のか。

「昨日の日本代表の試合見た?」「見た見た!あとちょっとだったのにね」と話しているのを見て「なるほど、日本代表=サッカーの話題→共通の話題があると会話しやすいのか」とサンプルをひとつひとつ集めていけば「高い」になれそうだけど、そんなこと考えている時点で、もうダメ(笑)。

どうすりゃ高くなるのかもわからないし、何をやっちゃうと「低い」になるのかも曖昧。

でも、きっと、コミュニケーション能力が「高い」人って、こんなことイチイチ考えてない。

もうひとつ気になることがある。

「君はコミュニケーション能力が低い」とか「コミュニケーションコストがかかる」とか、コミュニケーションに関する指摘って、コミュニケーション能力が高い人からは出てこない。

「高いな」って思う人は、相手がどんな人でも接することができる。というか、気にしてない気がする。

気にするのは「低い」人なんじゃないか。”自分では”上手く対応できない。だから、あなたのコミュニケーション能力について、コメントしてくる。

「あなたは低い」と言われたならば、言った相手が「コミュニケーション能力低いんです、私」とカミングアウトしてるようなもんだと、割り切った方がラクなんだろう。

「高い」人だと、相手を傷つけるようなことは言わないでしょ?少なくとも、伝わるように、傷つけないように、話すはず。「低い」人に「低い」と言われたならば、いったい何を鍛えればいいのか、わからなくなるのもうざったい。

と考えると、実際は、コミュニケーション能力に「高い」も「低い」もないんじゃないかとなってくる。コミュ障なんてものも存在しないのかもしれないし、気遣いや気配りで解決できるのかもしれない。もう、みんな、余裕がないだけなんだろう。

「こうしてもらえるとやりやすいな、嬉しいな」という要望を「こちらから言わずともやってくれたから”高い”」「やってくれなかったから”低い”」と、相手のことを気遣わずに判断しているだけなのかなと。どれだけ、上から目線なんだ……(笑)

ほら、なんか怪談っぽい。
「これは友だちの友だちが体験した話なんだけど…」って誰!?

身近っぽく聞こえるけど、実は遠い話。そもそも存在していないかもしれない。

「コミュニケーション能力」って言葉を意識した時点で飲まれているんじゃないか。

仕事でも就活でも日々の人間関係でも。コミュニケーションがきっかけでうまくいかなくなったり、心がすり減ったりする。

でもよくよく周りの人たちを見ていると、高い人はコミュニケーション能力なんて気にしてないし、低い人は「自分は低い」と気づいてすらいない。コミュニケーション能力っていう”まやかし”を意識し始めると、途端に生きづらくなっちゃう。

実は、コミュニケーション能力って高くなるほど負担が増える。だって、いろいろなことに気づけちゃうから。低い人のほうが楽なんじゃないだろうか。

でも気づけちゃう側になったのであれば、「高めよう」「上手くなろう」なんて考えるより「気にしないようにしよう」と考えたほうが、きっと生きやすい。

プラス・ハンディキャップ